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日記を書きたい、書きたいと思いながら時間が過ぎてしまった。

一日についてよりも、残しておきたいことについて。

 

24/2/15

Iさんの仕事についていく形で、千葉の九十九里浜へ。車で向かいながら、九十九里浜はとても長い海岸なのだと教えてもらう。着いたのは17時過ぎ頃。風が強い。ちょうど太陽が沈む少し前で、浜辺を歩いた。細かくて、さらさらとした砂がどんどん舞う。風に吹かれ、一瞬たりとも同じにはならない、寂しくて、寂しさには気づかないような砂たち。最近の海の記憶とは、大きくかけ離れている。どこよりも浜辺から海への距離が遠く、私たち以外に人がいないので、ここがどこなのかわからなくなった。

写真を撮ってもらう。広大な砂場を背に、髪も洋服も風に吹かれている姿。

 

24/2/16

昨夜、居酒屋で作ってもらった大きなおにぎりを食べて、また海へ向かった。10時頃。車が駐車場に何台か止まっているし、犬も散歩していた。この辺りはドッグランがあったり、犬が多い。考えたことがなかったけれど、海辺というのは犬にとって幸せな場所だということなのだろうか。

同じ九十九里浜だけれど、少し違う場所だった。その場所によって、風景が変わるらしい。最近Iさんの話を聞いていて、カメラマンというのは土地や天気にとても詳しく、いつも気にかけているのだということがわかった。撮影する写真によって、経験と知識も必要になる。いつも本に囲まれている私は、こうして世界との向き合い方がとても現実的である仕事と、その生活と共にある人間性に驚かされる。

 

今日も風が強かった。最初は靴を履いていたけれど、裸足になって海を撮影しているIさんを見ていたら、私も脱ぎたくなってタイツとスニーカーを脱ぐ。薄手の布バッグを浜辺に置き、タイツは風で飛ばされないようにスニーカーに挟んだ。

 

海は冷たい。そして波が届かない砂浜はあたたかい。歩く場所によって変わる感触を楽しみながら、歩いたり、しゃがんだりする。波について、最初は冷たくて痛くて驚くけれど、段々あたたかく感じるようになる、とIさんが言っていて、私は何度目かの波まで痛かったけれど、忘れる頃に慣れていた。

 

24/2/18

本屋で、少し久しぶりにHさんに会った。たくさんの本を買ってくれたHさんは、最近Twitterをみていないらしい。新刊の情報とか、誰かのおすすめによって左右されるのではなく、本屋に足を運んで、自分の目で本を選びたいのだと言っていた。そうしていたら、今月はたくさん本を買ってしまった、と笑っていて、そうして選ばれた本たちはなんて幸せなのだろうと思う。

 

ちょうど、前の日くらいに電車でスマートフォンで忙しく様々なページを見ている人がいて、つい画面が見えてしまう距離だった。自分も同じように様々なページを見るわけだけど、こうして情報に触れることが簡単だと、思考よりも情報が先に溢れて、自分の頭ではなくてスマートフォンが考えていることが増えてしまうなと考えていたので、Hさんは正反対の場所にいるように輝いていた。

 

仕事上、本の情報は最新のものを頭にいれなければならないので、SNSは欠かすことができない。けれど、もっと自分の手と足での出会いを増やしていきたい。インターネットや便利に思考を奪われないように、抗う選択をしていかないとな。

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起きたときも、起きてからもずっと疲れていた。最近お腹の調子があまり良くない。食生活を大幅に変えた(良いと思われる方向へ)ので、体が改革中なのだと思うけれど、すぐにお腹が痛くなるし、一週間くらい気がかりなことを抱えていて、そのことを考えると体が一気に冷えてしまう。

それでも早起きをして、美容室へ行った。先月のアパートの更新や、出費の高さで給料日早々に口座の残高を気にしているけれど、もう二ヶ月も伸びきった髪を放置していることも限界。担当してくれていたAさんは韓国へ留学に旅立ったので、同じ美容室で、別の方に担当してもらう。パーマをかけたくてひとまず髪を伸ばしているので、毛先や重くなった部分を切ってもらい、それから雰囲気を変えたいという私の希望でレイヤーをいれてくれた。あまり巻いたりしないので、レイヤーはぼさぼさになってしまうかもしれないと心配になったけれど、私の髪質に合ったお手入れ方法や、簡単な巻き方を教えてもらう。教えてもらいながら、そういえばほとんどすべての美容師さんは、髪についてのアドバイスをしてくれることに気づいた。当たり前なのだろうか、私は毎回のように新鮮さを感じ、この人はいい人だなと思っていたのだけど。(いい人には変わりない)自分の体の一部について、頼れるアドバイスをくださる美容師さんはすごい。

 

美容室の後は、母とドコモショップへ。もう年始から、ずっとこのことに取り組んでいた。母のiPhone6iOSのアップデートに対応しなくなってしまい、使用していたLINEもアップデートができないので使用不可になってしまった為。機種変更をするしかないのだけれど、母の携帯会社の名義が亡くなった祖母であったり、様々個人の事情があって手続きに時間がかかってしまった。今日でドコモショップに来るのは3回目。ようやく機種変更ができるということで、最初に規約説明の動画を見せてもらう。3〜5分くらいのものだったと思うが、これは普段よほどスマートフォンやドコモのシステムに慣れていないと知らない単語ばかりであり、母も一生懸命見ていたが、「これはわからないよね」と言い合った。こんな動画を用意しなければならないほど、ドコモの人も忙しいし、日々たくさんの問い合わせがあるのだろうと思う。お店の人もお客さんも大変である。

 

手続きには2時間半ほどかかった。母はもちろん、ドコモショップの人も、横で一緒に聞いていた私もみんな疲れていたと思う。それでも、機種変更をしなければ母が望む電話ツールによる他者とのコミュニケーションはできない。途中、スタッフの方が抜けたタイミングで、母から自身の葬儀の話をされる。たしかに必要な情報ではあるのだけど、まだ若いし、病気もないし、今このタイミングでそんな話をしなくても良くないか。普段会う頻度が下がってしまったので、母は話したかったのかもしれないけれど、私は悲しくて泣きそうになってしまった。そういう話は、まだしないでほしい。

 

スマートフォンは、母が買えるもので一番安いものにしてもらった。機種端末の料金について、最初に軽い説明をしてもらったのだけど、相場はいくつかにわかれており、5〜6万円のものでも性能はあまり良くないらしい。母はそれ以下の金額のものにしたけれど、またOSのアップデートができなくなったら、買い換えなければならない。あと2年くらいしかもたないらしい。なんか、私はこの仕組みについていきたくない気持ちになった。数十年前までは必要のなかったものが、今はあることが当たり前とされていて、あること前提で社会がつくられているので、そこから抜けることができない。少なくとも、私は仕事でも使っているし。

 

そうして朝から疲れていたのが更に疲れて、本当は母とお茶をしたかったのだけれど、精神も元気ではなくなってしまっていたので、帰って寝ることにした。スーパーで買った惣菜とミカンを食べて爆睡。起きたら少し元気になってはいて、ほっとする。


気がかりなこと、もよく考えると過去の人間関係がトラウマとなっていて、今の自分に影響を与えていることに気づいた。過去から今にまで影響を与える、これが傷の恐さ、悲しみか。はやく氷のように冷えてしまう心から抜け出したい。

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今日は、事前に早上がりのシフト希望を申請していた。応募していた映画『REBEL MOON』のジャパンプレミアに当選するかもしれないと期待をこめて。(当選発表は、たしか12/4だったとおもう。緊張する仕事があった日で、終わってからふとメールをみたら当選の連絡がきていたので驚いた。とても嬉しかったけど、12/9には企画でも携わった「BOOK LOVER'S HOLIDAY with K-BOOKフェスティバル」の出店もあるし、楽しい予定がたくさんあったので、更に楽しみな気持ちをまともに抱えたら心がもたないだろうとあまり考えないようにしていた。長)

 

無事にBOOK LOVER'S HOLIDAYも終了し、ようやくペ・ドゥナに会えることの嬉しさに浸りながら、会場に向かった。途中、レッドカーペットでサインをもらう際のバインダーを用意していないことに気づく。MCU作品にハマった頃、よくバインダーを持ってイベントに行っていたはずなのに、すっかり忘れていた。会場近くのコンビニで、バインダーの代わりになりそうなものを見た結果、大学ノートと油性ペンをゲット。

 

会場に着くと、REBEL MOONの世界観に装飾された部屋で驚き。受付のスタッフの方は、登場人物と同じケープをつけてフードをかぶっていて、とてもこまやかな演出。なんと、立食形式で食事まで用意されていた。これまで様々な映画イベントに行ったけれど、一般応募で食事まであるイベントはみたことがない。

 

さらに部屋を進むと、レッドカーペットがあって、そのまわりには映画に関連した等身大(?)の人形や小道具のようなものたち、スクリーンなど。ここでちょっと面白かったのが、受付開始からイベントスタートまでは一時間あって、それまでの時間は食事を楽しんだり、コンテンツでぜひ遊んでくださいというアナウンスが流れていた。でも、レッドカーペットにはすでに自分の陣地をとっている人たちもいる。私も食事を買うタイミングをすっかり失念して会場に着いていたので、本当は食べたかったしトイレも行きたかったけれど、何より近くでペ・ドゥナに会いたかったので誘惑を払ってレッドカーペットに並ぶことにした。わたしが並んだ場所は、壁が分厚く、厚い部分に稲がたくさん生えている、ちょっと面白い部分だった。それから登場する入り口にかなり近かったのはかなりラッキーだったとおもう。

 

一時間半ほど、ただそこで立ちながらじっと待った。眠くて目をつむったり、ひたすらぼーっとしながら。たまにペットボトルのお茶を飲んで、ドキドキして。それでも時間が近づいてくると、急に実感が湧き、「ファンです」って韓国語で何て言うのだろう?とネットで調べる。「팬입니다」ハングルは読めないが、「ペニインニダ」と言うらしい。頭で何度も繰り返し、忘れないようにした。それからペ・ドゥナは、韓国語でも同じ読みであることも確認。

 

レッドカーペットには、日本語吹き替えを担当した声優の神谷浩史さんも登壇されていた。昔、デュラララというアニメをみていたので、折原の声に感動。

 

そうして、次は誰が出るかな?とドキドキしていると、ついにペ・ドゥナが出てきた。登場したペ・ドゥナは、ドラマや映画からそのまま出てきた姿をしていて、現実なのに、現実ではないようだった。その非現実さにくらっときて、一気に緊張して体が震える。

 

こちらの列にサインをしにきてくれて、流れに沿ってサインをもらう。まだ夢の中。ペ・ドゥナ〜!ペニインニダ!と声に出した。写真をお願いして、スルーされる。そうだよね、難しいよね、と向こう側に歩いていった姿を眺めていると、誰かが「ペ・ドゥナssi」と声をかけていた。そこで気づく。そうだ、韓国語は名前を呼ぶ際に「ssi」をつけるのが礼儀だったじゃないか。韓国ドラマで散々みてきたのでは?自分の無知に落ち込む。韓国ドラマが好きになって、初めて俳優に会うことができて、相手の国の文化や礼儀を理解せず、そして伝えたい言葉を知らないことが一気に現実のものとして自分に押し寄せた。ペニインニダ、も発音が怪しく伝わったかもわからない。

 

わりと自由に動けるレッドカーペットだったので、監督のザック・スナイダーが登場して目の前を歩いた後は、先を歩いているペ・ドゥナを見にいった。遠いけれど、コンタクトをした肉眼で横顔がみえる。鼻の先がつん、と三角に高くなっていて、ボブの毛先が丸く小さな顔を包んでいる。背がとても高い。かっこいい。

 

今年、ペ・ドゥナが出た作品を観たことを次々に思い出す。『秘密の森』の刑事、ハン・ヨジン。シモクとご飯を食べるところ、やさしく笑うところ、犯人に怒るところ、捕まらなくて悔しいところ。『明日の少女』で笑わない刑事だったこと、『子猫をおねがい』でまだあどけないけど意思の強い少女だったこと。そのすべての役に惹かれ、かっこよさに憧れた気持ちが一気に同じ場所にいるペ・ドゥナへの視線に繋がって、本当にわたしの目はハートのような、全身から憧れが溢れていたと思う。

 

ふと、登壇者を映すモニター画面をみていて、場所を変えてまたファンサービスをしているのが見えた。もしかして、、と急いで私もその場所にまわると、なんとちょうど隅っこで、前を遮るものがない場所でペ・ドゥナの様子をみることができた。そして、なんとこちらに歩いてきてくれた。今度こそ、と「ペ・ドゥナssi!」と声に出す。そして、思わず日本語で「だいすきです」と伝えた。伝えたいことが、日本語で出てきてしまった。すると、「!ありがとうございます」と返事が返ってきた。そうか、ペ・ドゥナは日本の映画に出たことがあるのだった。自分に伝えられる限りのことを伝えようと、長時間素敵な衣装でみんなにファンサービスしてくださっていることに対し、「ファイティン!」と伝えた。すると、笑いながら「ファイティン!」と返してくれて、泣きそうになる。あまりに私が話したい様子を理解してくれたのか、「映画みましたか?」と聞いてくれて、韓国語はわからないな、せめて英語を、と思ったけど出てこず、「これからです」と返すと、一瞬頭のなかで言葉を理解する時間をかけるような表情をしてくれたあと、「ああ、これから映画をみるんですね」というようなことを返してくれたと思う。ちょっとこの辺りはもう嬉しくて記憶が曖昧。そして、2ショットも撮ってもらうことができた。これはもう、本当に本当に、本当に宝物!

 

それから舞台挨拶、試写会があった。席にはポップコーンやペンライトが用意されていて、全力のジャパンプレミアのサービス精神にも本当に驚いた。こんなに丁寧な映画イベントはあまり参加したことがない。素直に、映画自体への興味も強くなった。

 

しかし、長丁場のイベント。これから二時間半の上映です、と言われて終了時間を確認すると23時半頃だった。これはトイレに行こう、と一度部屋を抜けてトイレに行き、戻ると映画が始まっていた。高揚感と疲れ、空腹で、なかなか映画のストーリーが頭に入ってこない。ペ・ドゥナに、これから映画をみます、と話したから絶対に観たかったのだけど、最近の疲れを考えるとちょっと限界がきそうだったし、たぶん頭にも入ってこないだろうと判断して途中退席することを決意。Netflixで22日から配信スタートされるそうなので、後でゆっくり観ようと考えながら。

 

こうして、家に帰って振り返っていてもまだ高揚感はおさまらない。本当に幸せな時間だった。それから、韓国語を勉強したいという気持ちが一気に強くなった。伝えたいことを、伝える言葉がわからないというのは非常にもどかしい。こうやって、こうした気持ちが人間と言語を繋いできたのだと感じ、ちょっと壮大な気持ちの深夜。ああ、幸せ。

 

 

 

 

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昨夜は、貧血が重くはやめに帰宅した。最近ずっとこの調子で、ふわっと後ろに倒れそうになったり、頭から血が抜かれていくような調子。生理前だからだろうかとか、色々原因を考えたけど抗うつ剤離脱症状なのかもしれないと気づく。それなら、一気にやめずに飲む日と飲まない日、で変えていくことにした。それが理由かはわからないのだけど。体調について、原因を当てるって難しいなと思う。これで、お金や時間があれば、明確な理由を知ってはやく対処できるんだろうなと思うと、もう格差を感じてしまう。格差といえば、今年の年収を計算していて、人生で初めて200万円台から抜けられたと気づいた。そんな大して変わらないけど。東京で、一人暮らしで、兄弟おらず、親の援助はなく、よくここまで生きてきたなとおもう。なんなら、今元気だし。200万円台はちょっと大変だが、そこまで贅沢なお金もいらないから、心が豊かでいられるといいな。心が満足していないと、人生が辛いから。

 

貧血と、それから生理も重いので、今日は在宅作業に切り替えてもらった。頭を横にするのが一番楽で、だから横たわってPCを触る。だいぶ楽になるけど、あまり頭も回らないからそこまで捗らなかった。

 

Iさんと「クリスマスの雰囲気収集アルバム」をラインのなかにつくっている。お互いが街でみつけたクリスマスの雰囲気写真を、アルバムに投稿する。大抵わたしが投稿することが多いのだけど、たまにIさんも投稿する。こうやってテーマをつくったり、ゲームをしたり、Iさんはそういうことに付き合ってくれる。一緒に遊ぶのがたのしい。

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最近、起床時間が少しはやくなった。仕事に行くギリギリまで寝ているというのが基本だったのに、余裕のある時間に目が覚める。先週旅行に行って、毎日早起きして規則正しい生活をしていたのが影響している気がする。

 

起きてから音楽を聴こうとApple Musicをみていて、ふとジャネット・ジャクソンのアルバムで指が止まった。そういえばあの曲、今日は見つけられるかなと上から順番に聴いていく。「あの曲」というのは中学生の頃、父が選曲してくれた音楽が入っているMDのなかで一番お気に入りだった曲。明るい雰囲気があって、その曲を聴きながら目を瞑って緑のなかを歩いたり、ぼーっとするのが好きだった。ジャネットの曲だということだけ覚えていて、曲名は忘れてMDも失くしてしまったので、たまに思い出す記憶のあるだけの音楽になっていた。何度か探したことはあるけど、とにかく膨大な曲の量なので、なんとなく見つけられなかったのだとおもう。

 

今日はさくさく聴いていって、ああジャネットは最初に言葉をつぶやいてから歌い出す曲が多いのだなとか自分なりに思ったりして、この調子だと見つからないかなぁと、無心で指を動かしていたら、急にわかった。あ、これかもって、知っているメロディが流れて、サビかな?と思う部分で確信。『Together Again』だった。

 

ああ、これこれって、なんて歌っているのだろうと調べていたらちょっと驚いてしまった。この曲はエイズで亡くなった友人に向けてジャネットが捧げた曲だった。だから歌詞が、今肉体が同じ場所にない人に向けてのようで。

 

There are times when I look above and beyond

There are times when I feel your love around me baby

I'll never forget my baby

When I feel that I don't belong

Draw my strength from the words when you said

Hey it's about you baby

Look deeper inside you baby

 

とても不思議だけれど、今日は父が語りかけてくれたのかもしれない。父が教えてくれた、だいすきだったあの曲。歌詞を調べたら、亡くなった父と急に繋がって、この曲との新しい関係、意味がうまれたと感じる。父は、亡くなって10年以上経った今でも、こうやって新しく語りかけてくれたり、教えてくれる。映画『アイアンマン』で、トニーが父ハワードについて、「死後20年経ってもまだ教えてくれるのか」とつぶやく場面があるのだけど、今日みたいな日にこの台詞を思い出す。

 

父とはもっとたくさんの話をしたかった、いろんなことを教えてもらいたかった、質問がしたかった。でも、その分、父は遺してくれたものでいつも語りかけてくれる。それは私が歳を重ね、やがて肉体を失うまできっと変わらないのだろうと思うと、寂しいばかりではないのだ、今日はそんなあたたかいところから始まった一日だった。

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今日は、寝起きにIさんからもらったナガノパープルを食べた。果物は苦手だけど、ナガノパープルは美味しい。甘くて、水分があって、寝起きにからだにまわる糖分として素晴らしいとおもった。

 

日記のなかで、ここから夜に飛ぶと、時間が切断されたようになるのだろうか。切断にならないような文章を私が技術的に書けないのか、寝起きというのがあまりに一日の始まりすぎるのかわからない。

 

帰り道、Sさんと歩いていたら猫がぴょんぴょんと大股で跳ねながら前を横切った。右から左へと道路を横切って、それから左にあるブロック塀にジャンプして登って、さらに高いところへ登っていた。Sさんに共有しようとしたが、「◯※⭐︎?!」ってうまく言葉にならず、「え?どこどこ?」となりながら、わたしの伝え方と速度は猫には追いつけず、結局Sさんに見てもらうことができなかった。「ふなきさんにしか見えない猫なんじゃない?」と言ってもらって、そんなわけないけど、そんなわけあったらちょっと楽しいとも思った。

 

10/1の夜に、BONUS TRACKの駐車場にいた大きな光るうさぎのアート、その横の歩道にリードをつけた本物のうさぎが飼い主とお散歩していたことは、あまりに話ができすぎているけど、あのときは歩いているみんなが立ち止まって、こまやかに走るうさぎをみていたから、本物の光景。ふわふわしていて、すばしっこくて、犬や猫とは全く異なる動物だった。

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ちょっと眠くなってきたけど、今日の楽しかった時間を少しでも言葉で残しておきたい。

昨日は一日家に引きこもっていたので、少し元気な金曜日。Mちゃんとの約束の前に、少し早く家を出て駅前の薬局でバンドエイドを買った。先日素足でインソールが入ったスニーカーを履いてしまったためか、足の裏に傷ができてしまっていたのだ。家にいる間は応急的にティッシュをマステで貼って(ズボラofずぼら)いたのだけど、あまり効果はないなと感じていた。ティッシュをバンドエイドに貼り替えたら、傷に空気が当たらないだけでだいぶ傷みが小さくなり、人間の発明って偉大だわぁ、と新大久保に向かった。

 

ケジャンなど、海鮮を美味しくやすく食べられるお店をMちゃんが予約してくれて、とてもうきうきしながら待ち合わせ場所で待っていた。久しぶりに会うMちゃん。Mちゃんの笑顔はとてもかわいくて、数年前にうまれたMちゃんの娘さんにそっくりだ。

 

お店の看板メニューである「ユッケムルフェ」を頼んだ。先日、韓国ノワールを積極的に観ていた時期に、『楽園の夜』に登場したムルフェを食べたいと思っていたので、とてもうれしかった。水刺身、と日本語では訳されるその料理は、氷水にコチュジャンの味、刺身や野菜をいれて食べる料理のようなのだけど、頼んだ料理は刺身が肉のユッケ版だった。わたしはユッケが大好物なのでもりもり食べた。冷麺のような麺もついてきたので、かけて食べたりした。それにしても、食べても食べても減らないボウルのような料理で、とにかく野菜が大量にはいっているので、お腹いっぱいになりながらも「これは健康になれる気がするぞ〜」と完食を目指し、ほとんど食べ切った。Mちゃんおすすめの、醤油漬けの海老刺身も美味しかったし、Mちゃんが頼んだ海鮮のビビンパもとびこが効いていておいしかった。食べながら、「寝溜めをしないと体力が回復しないよね」と共通の体の悩みについて話し、こうして美味しくて栄養があるものをたくさん食べて、少しでも元気になりたいと思った。

 

食べ終わったあとは、芝生で寝転がりたいね、と歩いて新宿御苑へ。実は初めて新宿御苑に入った。入園料が必要であることも知らず、初心者だったのだけど、Mちゃんが気持ちのよい芝生まで案内してくれた。入園料を払い、公園が決めたルールをみんなが守ることで、こんなにきれいな公園が守られるのか、と驚くほどきれいで芝生はふかふかだった。ちょうどゴミを捨てにゴミ箱へ行ったら、清掃職の方がいらっしゃったので、きれいな公園であることを素直に伝えた。笑ってくださったとおもう。もう会わないかもしれない人へ、今日この瞬間の感動やありがとう、を伝えることは大切にしたいことなので、受け取ってもらいうれしかった。本当にきれいな公園だった。

 

Mちゃんが、誕生日プレゼントに渡してくれたパク・ソジュンのうちわを公園でふりながら写真を撮った。好きな俳優やドラマがあることは本当に楽しい。推しのトレカをデコる楽しさもMちゃんに教えてもらったので、いつかやってみたい。

会話の流れから、90年代のゲーセンの話になり、Mちゃんがずっとダンレボをやりたいということだったので、私もやりたい!と返すと、なんと近くのゲーセンでできることが判明。新宿御苑の温室もぐるりと一周しながら、私たちはゲーセンへ向った。

 

音ゲーの階には、ポップンミュージックもあって、一緒にプレイした。隣の台の人たちは、手のひらと指先が音ゲー用の動きを覚えている様子で、なめらかに手を動かしている様子がかっこよかった。

 

念願のダンレボは、せっかくなので難易度が高いものに挑戦したのだけど、なかなか両足でステップを踏むことはできないことが判明し、私は途中から片足だけに切り替えてやってみた。悔しく、練習したらできるようになるのかな、なりたいなと感じた。

 

ここでも、隣のダンレボ進化系マシーンで躍っている人は、ゲームというよりゲームの機能を活かしてステップを踏みながら、なめらかに滑ってターンしていて、拍手を送りたいステージだった。ゲーセンには、その道を極めたプロが多くいる、という世界を久しぶりにみたのだとおもう。

 

下の階へ降りていく途中で、マリオカートがあったのでプレイすることになった。あまり経験もなく慣れていなかったけど、動く車に乗って映像のなかを走って椅子が振動するのが楽しくて二回やってしまった。ゲーセンって楽しい!!!

 

帰りはZARAで洋服をみて、一緒に電車に乗った。

Mちゃんから、小6の夏休みみたいだったねといわれ、まさにそんな時間だったことを思い出している。90年代にみた風景を一緒にみることができる友人と過ごしたことが、あの頃の夏休みへ連れていってくれた。時間は前にしか進まず、身体も精神も老いていくけれど、過去はいつだって今の味方で、少しの思いがあればいつだってあの頃にきっと戻れるはず。そのことを久しぶりに体感した一日でした。楽しかったー!