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雨の一日。

二度寝から起きて、楽しみにしていた約束へ。Nさんに教えてもらって気になっていた「猫米」が駅から遠くて少し焦った。雨だし、生理痛でお腹が地面にひっぱられているので、あまり走ることもできない。早歩きで、コートが濡れていくのを感じながら歩いた。あまりにも濡れるので、自分の傘のさし方っておかしいのかな?と思うほど。

 

竹中さんに会って、私にとっては憧れの学校の先輩のような存在なので、緊張しながらごはんを食べた。同時にとてもうれしくて、お話しているだけでうれしくて、そういう存在の人が自分にいることもまた、しあわせだと感じた。

 

別れたあとは職場に行って、ゆこせんと話して帰宅。元気ならばあれこれ行きたい場所があったような気がするけれど、とにかく下腹部が痛い。そして眠い。いろいろな重さに引きずられて眠る。

 

起きたら少し汗ばんでいた。薄手の服なのに、と思いながらTシャツに着替える。

 

今日、竹中さんがSNSと距離をとっている話をしてくださって、わたしもTwitterの個人的な更新を止めてみようかと思った。わたしの考えは、いつも唐突に頭のなかにやってきて、ものすごいはやさとパワーで体をかけめぐる感覚がある。だから外に吐き出さないとやっていけず、手軽にテキストにできるTwitterは便利なのだけど、そうしたスピードで様々なものをインターネットにのせるこわさ、そして受け取る人の数だけ意味が広がっていくこと、を考えると安心を保ち続けるのはむずかしい。好きな人がたくさんいるので、その人たちの言葉は追いかけ続けたいし、自分の生存を感じるひとつの場所として、繋がってもいたいのだけど。ひとまず、しばらくは意識的に、書きたいことはこのブログとInstagramで書いてみよう。たぶん、自分の生活を少し変えていきたいことも含まれている。方向はなんとなく、歩けなくてもからだがどこを向いたらいいかくらいはみえているのだけど、歩くのはまだ、ということがたくさんあるような気がする。

 

夜、亜衣さんとやりとり。『ザ・グローリー』のことを少し話す。もうすぐ見終わるということで、話すのが楽しみだ。

 

明日もでかけたいとおもっているので、この生理痛が和らぎますようにと願うしかない。

 

ところで、毎日の夜になるとぶつかってしまう。なぜ恋愛のことを意識すると、途端に人とのコミュニケーションがぎくしゃくしてしまうのか、不思議な距離のとり方を行ってしまうのか。友人や職場の人とコミュニケーションをとるのは好きだし、自然なのに、おかしくなってしまう。何か欠落している気がする。期待をしすぎなのかもしれない。自分がこわいし、そうしたコミュニケーションをとってしまう相手に心底申し訳ない。これが自分なのだ、と認識することも人間をやめたくなる。